仮面 ―― 何と魅惑的な響きに満ちた対象なのだろう。近現代人は仮面によって他人を脅したり、誑(たぶら)かしたりするばかりではない。むしろ外界に対し、あまりに醜い己れを隠すため、しばしばこの便利な小道具を用いてきた。この小賢しく見え透いたツールに、あまりにも長く慣れ親しんだため、もはや一刻としてそれなしには生きられなくなってしまったといってもいい。
批評家ロベール・デルヴォアよれば、アンソールほど美術史上の規範に素直だった画家はいないらしい。この「陰謀」1890年カンヴァス・油彩 という作品(写真部分)では、敬愛してやまないルーベンスの宗教画に構図を借りているといわれる。だが、そこに描き表されたのは男の主人公への陰謀を企てている人々の果てなき執念だ。仮面の上にさらに被せられた何枚もの仮面。もはや素顔がどのようなものであったのかすら判然としない、恐るべき人間世界の描出である。
(損保ジャパン東郷青児美術館、〜H24年11月11日)
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