2015年にドイツに渡った艾未未は、それまでと比べればまだ穏やかといっていい生活を送っていた。日々の思いを自由にブログへ書きこんでいく。艾はキュレイターのハンス・ウルリッヒ・オブリストに、当局から「われわれは、あなたのブログを監視している」と告げられたときのことを、こう述べている。
よしこい、これはゲームだ。わたしはわたしの役を演じる。(PCを)ブロックする必要があればブロックすればいい。でもわたしには自己検閲はできない。-中略-彼らは電話をかけてきてこういった。「政治的状況の理由から、われわれはあなたがしている
ことを尊重します」 (『アイ・ウェイウェイは語る』(株)みすず書房)
艾の活動が当面は無害と認定されたのか、それとも一瞬で情報が世界を駆けめぐるインターネットそのものを警戒したのかは不明だが、両者のあいだに幾分折り合おうという空気が流れはじめたのは事実だ。だが香港の抗議デモの激化によってその状況は一変する。
事態を深く憂慮した艾未未は、直ちに研究チームを九龍半島へと派遣し、デモの様子を逐一記録すると宣言する。さらにそこで得られた素材を、これからアート作品やドキュメンタリーにも使うつもりだという。香港の大学などを舞台に激化の一途をたどるデモに対し、艾はまたこうも警告した。
1989年、(政府が)戦車を使って天安門広場での非常に平和的なデモを鎮圧し、数百人を殺害したことを忘れてはなりません。彼らは西側が干渉しないことを知っており、西側が「通常通りのビジネス」を望んでいることを知っています。(『美術手帖』ウェブ版)
この法案(「逃亡犯条例改定」)が可決されたら、あらゆる香港の住民は危険にさらされます。中国当局は容疑者への逮捕を決めたら、それを簡単に行えるでしょう。(この法案は)中国と香港との境界をつぶしてしまい、「一国二制度」の崩壊につながる可能性があります。 BBC News website, 11 JUN 2019
はたせるかな2020年5月に入ると、武漢で1月6日に発生していた新型コロナウィルスによる国内外の混乱につけこむ形で、全国人民代表大会は一旦とり下げたはずの香港への「国家安全維持法」導入を再び蒸し返し、採択したのだった。これを受け全人代大会常任委員会は6月30日、全会一致で「香港国家安全維持法」を可決・成立させている。法案の骨子は「香港において国家の分裂や政権の転覆、テロ活動、海外勢力と結びついて国家の安全に危害を加える行為を処罰する」となっている。実際にこれをとり扱う出先機関として、中国政府は香港へ「国家安全維持公署」を新設してもいる。
この「国家安全維持法」が、その後真綿で首を絞めるようジワジワと利いてくることは、火をみるより明らかだった。処罰の対象として、まず香港の民主派が念頭に置かれ、世界各国に対民主派制裁を働きかけていく行為が想定されていく。8月には「民主の女神」と呼ばれ、わが国とも関わりの深い活動家・周庭(アグネス・チョウ)が逮捕されている。同じ日に、香港紙「リンゴ日報」の創業者にして民主派の重鎮ジミーライ(黎智英)も電撃的に逮捕された。彼は毛沢東から逃れ、香港で成功した自由人たちの象徴的存在でもある。さらに9月6日に予定されていた香港立法会の選挙も、すかさずやり玉に挙げられる。民主派の立候補を認めなかったり、当選しても議員資格の剥奪が懸念され、挙句のはてには選挙そのものが1年間延期となってしまったのだった。(月刊『ギャラリー』2021年1月号、「勅使河原 純のいいたい放題」より)
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