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都政新報 2009年11月27日掲載

新 アートの時代へL

●「フェルメール展」(都美術館=2008年8〜12月)
  上流家庭、憧れの構図


 一世風靡という言い方がある。引っ張り凧という言葉もある。このところのフェルメール流行(ばや)りには、そんな表現がぴったりの底堅い広がりがある。私が知るかぎり、日本でフェルメール人気に火が点いたのは、2000年に大阪市立美術館で「フェルメールとその時代展」が開かれたときだ。名作「青いターバンの少女(真珠の首飾りの少女)」を含む5作品が一挙に展示され、そのうちの4点がわが国での初公開となった。
 会場では「世界中のキュレイター(企画展担当者)が、35点の現存作品をめざして日に何百通もの借用願いを書いている。しかし盗難事件があって以来、所蔵家のガードはますます堅くなっている。たった1点の貸し出しでさえ全世界の注目を浴びる始末だから、今後フェルメールがまとまってわが国へやってくるなど、まず考えられない」と、まことしやかに囁かれていた。
 しかし、それから8年のときを経て東京都美術館(TBS、朝日新聞社)は、日蘭交流400年に沸いた大阪を上まわる7作品を借り受け、大阪での下馬評を見事に打ち破ったのだ。裏を返していえば、ヨハネス・フェルメール(1632−75)の描く17世紀オランダの風俗画は、それほどまでに人々の心を魅了しつづけて止まないのである。
 魅力のポイントは、メイドが台所で黙々と鍋に牛乳を注いだり、婦人が窓辺に佇んで遠来の手紙に目をやるといった日常の情景を、何のけれん味もなく淡々と描き出していることだろう。61年早く生まれたカラヴァッジョも、現実を類まれな描写力に物をいわせてぐいぐい描きとった画家である。だがそのテーマは、若干の静物画を別にすれば、ついにキリスト教やギリシャ神話を離れることはできなかった。
 他方フェルメールはといえば、お定まりの宗教画から出発しながら、早々と客間風景や故郷デルフトの町並みへと方向を転換している。ためしに彼の「ヴァージナルの前に座る若い女」(1670年ごろ)をみてみよう。上流家庭を髣髴とさせるヴァージナル(ピアノ型古楽器)や家具の表現には、正確無比な遠近法が使われている。
ヴァージナルの背後にある窓からは、辺りいっぱいに柔らかな光が差しこんでいる。そして白いサテンのドレスに身をつつみ、肩に大きな黄色いウールのショールを巻いた乙女が、その豪華な楽器にそっと手を置いているのだ。ベルベットの椅子に腰掛け、顔だけを観者(画家)の方に向けている。
 しかしそれが、ヴァージナルを弾くというより絵のためのポーズであることは、微かな笑みをたたえて観者をみつめる表情のリラックスが、何より雄弁にあらわしている。簡素にみえた乙女の装いも、よくよく目を凝らしてみれば、首許で真珠のネックレスとイヤリングがまばゆい光を放っているではないか。
 紅白のリボンでアップにまとめられた髪からは、1670年代最新流行の巻髪が垂れている。そして唇には薄く紅が塗られ、頬や顔にはごく控えめながら極上のお化粧が施されている。いつ「お見合い写真」として使われてもいいような、この乙女の美しさを最大限に引き出してみせたポートレイトが、一枚の何気ない室内風景として制作されている。それまで教会や貴族のために描かれてきた絵画は、ようやく裕福な市民たちの手にたぐり寄せられたのだ。
 実際のところ、1648年にスペインから独立を勝ち取ったオランダは、1672年ルイ14世の軍隊に攻められるまで、織物業を中心につかの間の黄金時代を謳歌している。世界の隅々にまで張りめぐらされた通商ネットワークは、わずかのあいだにこの国へ膨大な富をもたらした。みるからに幸せそうな上流家庭の情景はその名残りであり、フェルメールはそのオランダ絵画の輝かしきシンボルである。こうして現代の日本人が、限りない愛着を寄せる絵画の背後にもまた、国家レベルの栄枯盛衰がくっきりと影を落としているのだった。

 

 


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