田島信夫 「自画像」 紙・インク
才能はいつも忽然と現れる−田島信夫
生来デリケートな眼差しをもった青年・田島信夫。彼は幼い時分から、いかなる人間をも徹底して見極めずにはおかないアーティスト特有の性格を帯びていた。そしてそこからは、老若男女それぞれの境遇に見合った描き方をする、幾多の優れた人物像が導き出されてくる。自画像も例外ではない。一本のボールペンの先から、青春のむせ返るような甘き香りにつつまれた光と影が鮮やかにあふれてこよう。人物画は紛れもなく、彼の芸術の根幹をなすものであった。
社会との軋轢に長いあいだ晒された精神は、ときに女性の肉体への烈しい憧れをも噴出させる。田島信夫の芸術にとって欠かすことのできないエロスの表現だ。セックスへの初々しい興味と渇望が清明な色遣いでアッケラカンと表出される様は、プリミティヴアートさながらに、一種神々しくさえある。
それを母・信子は「弟二人の三人兄弟、中・高校も男子校だったので、身近に親しくつきあう女性がいなかった。だから女性へのあこがれが、いや増したのだ」という。なるほどこれは彼の芸術にとって、やはり避けては通れない核心のファクターだったのだろう。
優れた人物表現がエロスの嵐をかいくぐって、いよいよ大輪の花を咲かせようかというまさにその瞬間、あろうことかエロスの愛はタナトスの死へとその座を譲り渡してしまう。若い生命がそれ故のエネルギーをもてあまして、独り究極の誘惑へとひた走っていったのだろうか。
だが、そうした道行きをのり越えて、いま私たちの前にはふたたび田島信夫の若々しい才能が現れてきている。これを素直に享受し、さらには静かに喧伝することこそ、残された者にあたえられた最大の喜びではないだろうか。 |