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都政新報 

新 アートの時代へ E

●「カラヴァッジョ」展(都庭園美術館=2001年9〜12月)
無頼漢画家お目見え


  文化交流を外交の重要な手段と考える国は多い。イタリアもそのひとつだ。しかも発想が飛び抜けている。芸術・科学技術から観光・経済、果ては人々の生き方に至るまで、イタリアのすべてを動員して双方の繁栄につなげていこうとする。国中にあふれている文化財は、まさに外交戦略のまたとない武器なのだ。
2001年は日本におけるイタリア年。「2001 ITALIA IN GIAPPONE」と銘打って、美術の分野では「イタリア・ルネサンス 宮廷と都市の文化」展(国立西洋美術館)、「20世紀のイタリア美術」(東京都現代美術館)、「シエナ美術展」(東京ステーションギャラリー)ほかが開催されている。なかでも文化大臣ジュリアーノ・ウルバーニが直々に旗をふった東京都庭園美術館の「カラヴァッジョ」展は、それらの中心に据えられるものであった。
というのもカラヴァッジョ(1571−1610)は、西洋美術史を飾る数多い巨匠(マエストロ)のなかで、まだわが国で本格的な紹介のなされていない画家の筆頭に、いつも挙げられていたからだ。近年急激に評価が高まり、ミラノ、ベルガモ、ロンドン、パレルモ、ローマと矢継ぎ早に展覧会が企画されている。その度にローマのボルゲーゼ美術館など、有力な所蔵者は貸し出し攻撃にさらされる。
日本展で最終的に交渉がまとまったのは、アトリビューション(帰属)1点を含む7作品であった。7つと聞くと少ないように思うかもしれないが、カラヴァッジョの場合もともと190点にも満たない作品しか残されていない。正真正銘の真作ともなれば、せいぜいその半分あるかどうかなのだ。
だが出品された作品は、いずれも真っ暗な舞台のなかにそれぞれの思いを内に秘めた人物たちがフラッシュライトを浴びて、一瞬夢幻のごとくに、その決定的動勢を浮かび上がらせている。茶褐色で統一された画面に青緑系の絵具が、驚くばかりの新鮮さをもたらすスリリングな構図となっている。いわゆる17世紀イタリア美術の代名詞=バロック様式の特色が、存分にうかがえる佳作揃いだ。
たとえばカタログの表紙にもなった「果物かごを持つ少年」(1593-94年ごろ)では、若者が片肌を脱ぎ、赤い唇を半開きにして観客たちに何やら熱い視線を送っている。貧しさからの脱却をめざし、旦那衆に懸命に売り込みをはかっている美少年のひとりだろうか。少年は果物をいっぱいに盛ったかごを持ち「早く食べないと鮮度が落ちてしまいますよ」と意味ありげに迫ってくる。背景の上半分を明るくして人物の黒髪を強調し、下半分を暗くして黄色い果物を際立たせている。現代のポスター撮影にも通ずる、高度なイメージアップ技法だ。
「マグダラのマリアの法悦」(1606年)は感激のあまりソファに仰け反って、放心状態となった女性の姿をあらわしている。もっと有り体にいえば、それは法悦というより、むしろ暴力か薬物によって息も絶え絶えとなった人物の、壮絶な苦悶の表情を思わせる。画家お得意の黒い情念がほとばしり、画面を強く支配している。この時期すでに、カラヴァッジョの逃亡生活ははじまっていたのだ。ここに彼のもうひとつの顔が、暗闇のなかから不気味に浮かび上がってくる。
すなわち、知られているだけでも3度人をあやめた連続殺人犯の残忍な姿だ。その詳細をここに記す余裕はないが、カラヴァッジョは昼には美術史上に燦然と輝く名画を描き、夜にはその同じ手で剣をにぎり、容赦なくライバルたちを打ちのめす典型的な17世紀の無頼漢だったのだ。400年のときを経たとはいえ、人間存在の摩訶不思議を想わずにはいられない。
カラヴァッジョの肖像は1983年、10万リラ紙幣の絵柄に採用されている。彼は祖国イタリアの経済と外交のため、再びエネルギッシュな活動をはじめたのだろう。

 

 


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