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とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」

 

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○マドリードの一撃

マドリードの一撃

写実の名手として、すでに神のごとき風格を具えたスペインの作家アントニオ・ロペス。数多い作品のなかでもとくに知られているのは、マドリード一の目抜き通りを描いたその名も「グラン・ビア」だ。グラッシィ時計店の塔のようにそそり立った上部には、ピアジェ(これも老舗時計店名)の下にデシタル信号で「06 30」と読める。夏の早朝だ。
友人のエンリケ・グランとともにグラン・ビアに出かけた画家は、その見慣れた、しかし人気のない景色の超自然的な魅惑に撃たれたという。それからというもの、彼は毎年その季節になると通りのど真ん中、歩道の端の信号機にからみつくようにしてイーゼルを立てる。制作は朝の微かな光が、テレフォニカ・ビルの白い威容を浮かび上がらせるかどうかの、わずか10分間。写真では決して捉まえられない情景を把握するため、作家は7年もの間このスポットに通わねばならなかった。
「だが」というか「それゆえに」というか、画面にロペスの固執はない。自分の小宇宙に封じこめておくには、マドリードは偉大過ぎるということだろうか。彼は対象にも、写しとることにも、己れの手業にも関心がないようだ。しいて挙げれば「見た」という事実へのこだわりだろうか。―― 写実をめぐって、ここまで乾いた感性をみせられた後に吐く言葉は、みんな干からびていくようだ。(「アントニオ・ロペス展」Bunkamuraザ・ミュージアム〜H25年6月16日)

★★★★★

 

○神々の大結集

この国の人々は古くから山や川、森や岩に神が宿ると考えてきた。それを形にあらわしたのが「神像」である。もともとは目にみえない畏れ多き存在だから、鏡や動植物のお姿となって祀られることも少なくない。が、次第しだいに人の姿をとるようになった。しかも教義的縛りの強い仏像にくらべ、いたってシンプルである。円筒化された白木の胴に実在の男や女、さらには童、母親、僧侶を想わせるリアルな頭部がのる。
この男神にしても正装した頭部に裸の上半身、薄衣を着けた下半身という、ちょっとおみかけしない出で立ちである。明らかその昔、衣をまとっておられた裸形着装像だ。どことなく、いまの涼しい状態への戸惑いのようなものが感じられ、いたって人間臭い神様である。(「国宝 大神社展」東京国立博物館 平成館〜H25年6月2日) 

★★★★★

神々の大結集

「男神坐像(伝武内宿禰)」平安時代、
京都・東寺(教王護国寺)

 

○「フランシス・ベーコン展」

「フランシス・ベーコン展」

「叫ぶ教皇のための習作」1952年
Yale Center for British Art

1909年アイルランドのダブリンに生まれた同性愛者、フランシス・ベーコン。彼は電話番からインテリア・家具デザイナーまでさまざまな仕事を転々とし、最後には画業へとたどりつく。だがその作品は、ほかの誰とも似ていない。まったくベーコン独自の、独り懸け離れたものであった。
たとえばある男の胸像が描かれる(写真)。口を大きく開け、白い歯をみせて何ごとか叫んでいる。初老の紳士には似つかわしくない、烈しい憎悪ないし恐怖に満ちた怒りの表情だ。縁なしメガネは毀れ、いましも顔から吹き飛ばされんばかりである。そして男はローマ教皇その人という。だが、ここにカトリック的意味合いは「まったくない」らしい。
そうなるとわれわれに残された手掛かりは、セルゲイ・エイゼンシュティンの映画「戦艦ポチョムキン」に出てくる母親の泣き顔だけだ。オデッサの階段で口を開け、メガネを鼻からずり落ちさせている。だがこれとて作者が少し前に、この映画を観ていたという状況証拠があるだけだ。
こうしてフランシス・ベーコンは、絵画(現代美術)が少しずつ難解な方へと向かう時代の、最後にして最大の人物となったのである。(東京国立近代美術館、〜H25年5月26日)

★★★★★

 

○「エル・グレコ展」

以前から不思議に思っていたエル・グレコ(1541〜1614)の、うねるように引き延ばされた造形。日本では25年振りといわれる回顧展(都美術館)をみて、改めてその天衣無縫な渦巻き式イリュージョンに烈しく打たれた。
たとえば「無原罪のお宿り」の下部に描かれたひとりの天使(写真部分)。翼はほとんど厚みがないにもかかわらず、ひどく大きい。実際鷹のシャープな初列風切羽を思わせもする。翼はその先端を上に高く掲げ、いまにも羽音を立てて下へ打ち下ろされようとしている。なるほどこれなら、描かれた長身の少年が空に舞い上がることもできそうだ。(他の画家たちのように、中空の階段を重苦しく登る必要はない)。
何が何でも天空へ上がろうとする意志。誰も彼もがつま先立ってしっかりとジャンプしている。辺りの気流は、その上昇曲線を暗示するかのように下へと吹き放たれる。穢れなき世界への憧れはみていて痛々しいばかりだ。だが同じバロック絵画とはいえ、この絵はカラヴッジョ(1571〜1610)のように筋金入りのリアリズムで描かれてはいない。翼の付け根は曖昧で、天使の身体はどう捻られているのか想像もつかない。空を見上げる天使の鼻は、まるでピノキオのように伸びていく。
そうだ。ここまで天上に昇ろうとする意志、すなわちトレドが天国ともっとも至近にある地上の街だという証明への渇望は、もはやエル・グレコ一人が背負うべき課題ではないだろう。絵の発注者、教会、王侯貴族たちすべてが一体となって、いわば16〜17世紀のスペイン社会そのものが、異邦の画家エル・グレコに烈しく「描け」と迫った欲求だったように思われる。宗教という美しい衣をまとった、それだけに生々しい現世の欲求として。(東京都美術館、〜H25年4月7日) 

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○「手の痕跡」

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「たかがコレクション展」と一蹴するなかれ。久方ぶりに、国立西洋美術館が誇るオーギュスト・ロダンの彫刻と、その弟子ブールデルの作品を満喫できる展覧会である。古代からつづく人間の手業が、ブロンズという金属に移し替えられた途端、神々しいまでの輝きを帯びる過程が丁寧に、そして何より神秘的にたどられる。とくにロダンのモデルを前にした肖像群がすばらしい。
傲慢、貴族的気取り、天才性、それ故の苦悩、弱気、愛国の怒り、そして慈愛に満ちた聖母と、ロダンならではの人間性剥き出しのドラマがそこここに展開している。他を寄せつけぬ気品に満ちた「バルザック(最終習作)」像(1897年、写真)など、一世紀のときを隔てて、この巨人のまえに無理やり引き出された気分にさせられるから恐ろしい。(国立西洋美術館、〜H25年1月27日)

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○特別展「出雲」

昭和59年7月島根県斐川町の神庭荒神谷遺跡から、一度に銅剣358本が出土した。弥生時代の全国銅剣の総数約300本をはるかに超える数量である。さらに平成8年10月、島根県加茂町の加茂岩倉遺跡から銅鐸39個がみつかった。それ以前に銅鐸がもっとも多く出土した遺跡は、滋賀県長洲市小篠原の24個であったから、わが国の古代世界で「出雲」がいかに突出した存在であったかが知れよう。
そして平成12年、とうとう伝説の宇豆柱(うずばしら)が発見される。出雲大社大型本殿遺構の柱材が、土中深くから掘り出されたのだ。(大社造を支える正方形9箇所の柱のうち、正面中央の棟持柱はとくに宇豆柱と呼ばれる)。杉で出来ていて、大木3本を合わせて一つの柱をなす。全体の直径はゆうに3メートルを超えていた。年代測定の結果、鎌倉時代の宝治2年(1248年)に遷宮された本殿の柱である可能性が高いという。
これらにのって空中高くに聳えていた雲太(うんた・出雲大社本殿)は、高さ16丈(48メートル)にもおよぶ巨大建築物だったのだ。その並外れた規模によって、「出雲」は神話を史実へと手繰り寄せてくれる、いま日本人がもっとも熱い関心を寄せる対象の一つなのだ。
(東京国立博物館本館、〜H24年11月25日)

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